エキセントリックな分別


今日、
友人とゴミの分別について話していた。

「米のとぎ汁は庭の植木に捨てている」
「山登りをしたときは、皿を紙で拭いてから洗っていた。本来は家でもそうすべきなのかもしれない」
「私の知人は知り合いの店に行ったときは皿をなめている」
「なめるぐらいなら、マイ皿を持ち歩いて、洗わないで使えばいいのではないか。托鉢の坊さんはそうではないか」
「昔はおでんを容器を持って買いに行っていた」
「私も豆腐屋さんが自転車で売りに来ていて、ボールを持って買いに行った」
「豆腐屋さんとか復活させて、そのままで生活成り立たないだろうから、国家公務員にしたらどうか」
「発想を転換して、家で食事をするのを禁止して、必ず店で食べるようにすればいい」
「最終的には寮生活みたくなる」

・・・
環境は最終的には、
いつも人間の自由と怠け心とぶつかる気がする。

(水曜日担当 佐藤)