FM

4月27放送20年前

ご無沙汰しています、ルミルミです。
皆さんは20年前のことって覚えてますか?
わたしは結婚する前の年でした。おおー、なんと20年も経っていたとは!
それから今までの20年の間にはどんなことがありましたか?
わたしは、そうですねぇ、波乱マンドリンもといっバンジョーの20年間のような。

20年前の4月46日はあのチェルノブイリ原発が爆発事故を起こした年でした。
北海道新聞で発行している「週刊ふむふむ」今週号はチェルノブイリ特集でした。
27日の朝日新聞朝刊でも「チェルノブイリ・起きたら終わりの怖さ」と題して社説が載りました。
原発事故が「起きたら終わり」なのはどうしてでしょう。
朝日新聞の記事からご紹介します。
チェルノブイリ原発の爆発事故は、炉のふたも屋根も吹き飛び、放射能が高温の蒸気になって大気中に噴出しました。その放射能は風で運ばれ、オーストリア、ウズベキスタン、などロシアの国外にも運ばれました。その距離は約6000キロメートルの範囲だそうです。放射能は雨の影響で地面に落ち、その地面で育つ草を食べた牛の牛乳を飲むと内部被爆をします。
現在立ち入り禁止区域になっている範囲は4千平方キロ、京都府ほどの広さです。
疎開した人数は40万人。4000人の子どもが甲状腺がんになりました。現在なお60~80万人が体調不良を訴えています。
その爆発から20年。
日本では当時32基の原発が55基に増えました。
東欧では原発が閉鎖されたり、自然エネルギーに目を向けています。
社説では、ロシアは広大な土地があるので避難も可能だが、日本のように小さい国では広い土地を無人にすることは難しい。「大事故が起これば終わり」という緊張感を持つことが教訓だ、と締めくくっています。

エキセントリックな分別

今日、
友人とゴミの分別について話していた。

「米のとぎ汁は庭の植木に捨てている」
「山登りをしたときは、皿を紙で拭いてから洗っていた。本来は家でもそうすべきなのかもしれない」
「私の知人は知り合いの店に行ったときは皿をなめている」
「なめるぐらいなら、マイ皿を持ち歩いて、洗わないで使えばいいのではないか。托鉢の坊さんはそうではないか」
「昔はおでんを容器を持って買いに行っていた」
「私も豆腐屋さんが自転車で売りに来ていて、ボールを持って買いに行った」
「豆腐屋さんとか復活させて、そのままで生活成り立たないだろうから、国家公務員にしたらどうか」
「発想を転換して、家で食事をするのを禁止して、必ず店で食べるようにすればいい」
「最終的には寮生活みたくなる」

・・・
環境は最終的には、
いつも人間の自由と怠け心とぶつかる気がする。

(水曜日担当 佐藤)

納豆のタレ

しばらく書くことがなかった佐藤です。

さて、
ゴミの分別のお話です。

私はずっと、
納豆についてくる
プラスチックの袋に入ったタレとカラシ、
これをどう分別したらいいのか悩んでいました。

プラスチックの袋に入っているから「プラスチックゴミ」か、
中身が残っているから「燃えるゴミ」か(生ゴミ扱い)、
札幌市にもごみ分別辞典がありますが、
このような“混合ゴミ”がどうなるのか分かりません。

さんざん
迷ったうえ「燃えるゴミ」で捨てることが多かったです。

今日、土曜日の新聞を読んでいたら、
「さっと洗って汚れを落とし、こびりついているときは燃えるゴミなどに出す」
とありました。

どうやら考え方としては、
プラスチックゴミはプラスチック純度を上げる、
と考えれば良いようです。

よって、
食べ物などがこびりついているプラスチックは、
「燃えるゴミ」で捨てるが正解。